【善なる人】
2018年 07月 14日
おばちゃんが一人で住む瀬戸内の島は、あの大雨の後、まだ水道が出ない。やっと電話が繋がったおばちゃんは、変わることない声で「ありがとね〜大丈夫よ〜」を繰り返す。毎日、給水車に水汲みしに行くと言うおばちゃん。「たらいに水を入れてねー、行水しとる。そのあとその水で洗濯。それからトイレを流すのに使うんよ。昔の生活と一緒」「この辺の人はみんな親切じゃけー、よー助けてくれるんよ。大丈夫」
おばちゃんは50年越しの母の親友。この島で過ごした、うんと幼い時代からの私や妹のことを知っている。この歳になった私たちを「ちゃん付け」で呼んでくれる、貴重な存在。
「腹がたつんはね、庭の畑のスイカを、豆だぬきがかじってダメにしよったこと。雨のことばっかり気にしとったけん仕方ないね〜。」おばちゃんの畑は毎年タヌキに狙われる。
持っていた非常用の給水ポリタンク、ちょうど一ヶ月ほど前、全部人にあげてしまったというおばちゃん。で、あげた人から、この度とても助かってるとお礼の電話がかかってきたとか。「あはは、人にあげたもん、いまさら返してとも言えんでしょう〜」と笑いながら、毎日おばちゃんは鍋で自分の水を汲みに行く。
普通の主婦だったおばちゃんの人生が変わったのはあの時。大事に大事に育てた一人息子が、都会で親友の借金の保証人になった。その後、消えてしまった他人の大借金を、おばちゃん夫婦は肩代わりすることになる。
定年後の全財産をつぎ込んで、そのあとも働いて働いて、働いて返し続けた。そんな両親の元へ息子も長い間、全く帰ってはこれなかった。本当に長い間。
「あんたもお母さんと一緒よね〜。自分のことはさておいて、人の心配ばっかり」
いやいやおばちゃん。それ違う。それはあなたです。私は自分の得になることばっかり考えてます。なんならタヌキを捕まえてタヌキ汁にだってする。
だから江田島のタヌキ、悪いことは言わん。おばちゃんの畑のスイカにだけは絶対手を出すな。
お願いします。
佐川さん復旧、今日は台車を押してセンターへ。
おばちゃんのところに水をお願いします。受け取ってくれたセンターの人が、送り状に書かれた住所を見ながら声をかけてくれる。