あなたが今、とても大切にしている「何か」があるとする。
その素晴らしさを、もし誰かのために役立てたいと思うのであれば、
第一歩目から、すべては始まっています。
第一歩目。
それは言葉の選び方、届け方、伝え方、そこにまつわる姿勢や態度。
すべてはそこから始まっている。
あなたがそれを認識していても、していなくても。
すべてはもう始まってしまっているのです。
そこでもしあなたが「誰かの言葉」を
あたかも「自分の言葉」であるかのように、都合よく扱ったとしたなら
残念ながら、あなたの大事なメッセージは一切もう伝わらない。
あなたの言葉ではないからです。
あなたはわたしではない。
ましてや、わたしはあなたではありません。
それを伝えたいのは誰ですか?
何のためにそれを伝えたいのですか?
本気で伝えたいメッセージがあるのなら
自身が全身全霊で汗をかいて、じぶんで形に生み出していくより他ありません。
これは誰もが等しく同じ、一直線上の同条件に立っています。
世界はなんて公平にできているのでしょうね。
言葉や創作物は生き物です。
命を持っているもの。
「伝える側」に立つのなら、どうか最初にそのことを知ってください。
どうかその命を汚さないで。
それはあなたの命も、です。
ことばに生きた命を宿したい。
わたしはずっとそれを祈りながら、このブログを書いています。
本当に必要とする方に、少しでもアーユルヴェーダを届けたいから。
でもね。
望んだ通りになかなか表せない、そんなジレンマもしょっちゅうあります。
今だってそう。途方にくれることもあります。
でもそれもこれも。すべて含めて、ことばはわたしの命。
わたしの今です。
お願いです。
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大事にしたいもの、伝えたいものがあるのなら、
何よりもやるべきことは、
じぶん自身の手でまず、それを丁寧に取り扱うことなのだと思います。