毎年、たくさんのみなさんと一緒に、自家製みそを仕込んでいます。
インドなのにみそ?みそなのになぜインド?
「アーユルヴェーダみそ」とは、「アーユルヴェーダ」の古典書が語る、食のコンセプトに添って仕込むみそです。
ただし、それはスパイスやハーブを使った変わりみそでも、カレー味のみそでもありません。
おみそ汁にしてとても美味しく食べられる、味わい深い「ザ・日本のみそ」が仕上がります。
(ここ大事)
「アーユルヴェーダ」の古典書が語る、食事のコンセプト。
そこでは「食べ慣れた味」というものをとても大切にしています。
「食べ慣れた味」には、一個人として長く食べ慣れたもののほか、文化的・歴史的に
その民族全体が代々食べ慣れた味と言うもの。
この2つがありますね。
慣れを取得した食事は、その人にとって消化がたやすい。
人に害を起こす未消化物になりにくいと考えるのが、アーユルヴェーダの食の世界です。
私たち日本人が食べ慣れた味と言えば、みそ。
そして米ではないでしょうか?
その視点に基づくと、日本人には日本人の食べ慣れた「食の歴史」があり、「現代生活にもふさわしい日本のアーユルヴェーダ食」があるとわかるのです。
アーユルヴェーダは、実はその世界を「インド限定」にとどめていません。
基本は、人が生きることをとても普遍的に、かつ包括的に捉える視野の広い学問です。
日本人の「食のファミリーヒストリー」。まさにそれがみそ。

歴代のアーユルヴェーダみそ
「アーユルヴェーダみそ」、そのゆるやかな定義(by くれはる)
ワークショップで使用する素材は、講師であるみそソムリエ、様々な生産者さんの
お力を得て、毎回とても素晴らしいものが登場します。
無農薬、自然栽培、有機栽培など、食の安心安全を大切にした「国産素材」が中心です。
そして、実際に作るみその中身はとてもシンプル。
大豆、そして米や麦などで仕込む糀。
塩(岩塩)
大事なのは「作る人の手」
以上おわり。
塩は、アーユルヴェーダが勧める塩「岩塩」を使いますが、
これは「アーユルヴェーダみそ」のまさにキー的存在?かもしれません。
なお、岩塩は日本ではほぼ産出されることがないため、良質な海外のものを選んでいます。
(市販のみそは「岩塩」を使って仕込むケースは非常に少ないようです)
保存料も何も一切ない。作り方だってこの上もなくシンプルです。

自然栽培法、神奈川県津久井産、在来種の大豆(草子農園)
時間がかかるからこそ、意味のあること
デパートに行って、有名店の高級みそを買うこと。
自分でみそを作ること。
どちらも美味しいみそを手にする方法ですが、おそらく2つはちょっと(いや大きく)
異なっているかもしれません。
「アーユルヴェーダでみそづくり」では
素晴らしい素材を作り手さんから大事に預かり、ただ精一杯丁寧に、みそを仕込みます。
時に額に汗して、みんなで黙々と手を身体を動かして。
仕込んだらあとは待つ。
そう、みそを育ててくれる「時が満ちること」をじっくりと待つ必要があります。
時計を早回しにはできません。
早回しにできる時間を「買うこと」もできません。
みそづくりにおいて、時間は誰にとっても平等です。
仮にどんなに立派な人がきて仕込んでも、すごいお金持ちの人が仕込んでも(笑)
みその育つ時間を早めることはできない。
なんて公平、なんて平和。
それがみそづくりのとても面白いところだし、アーユルヴェーダそのものとも言える。
みそづくり体験を通じて、自分たちの「食べる」や「暮らし」を見直してみる。
一度、アーユルヴェーダ的視点で眺めてみる。
「アーユルヴェーダでみそづくり」は、そんな時間と場所をみなさんと一緒に共有していきます。
急がない、急かさない。
自然の働きを信じ、私たち人間は焦らずに丁寧に見守ること。
それはもしかすると、立ち止まって深く深呼吸をするようなことなのかも。
よろしければ、どうぞそんな心持ちでお越しください。
じっくり楽しむ、みそづくりをどうぞご一緒しませんか。
写真協力: