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皇帝様のように尊いもの【週末台北まち歩き/くれはる&マッキー旅(4)】

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先日訪れた台湾でのこと。
あちこちで出会ったのが「真剣に食べる人たち」。

小さなご飯茶碗をしっかり手に、反対の手はお箸をぐっと握り、
背筋を正し、おしゃべりをするでもスマホを眺めるでもなく、
それはそれは真摯に「食事」と向かい合うすがたが印象的だった男性。
横顔、その顎の付け根が、もぐもぐもぐもぐと規則正しく几帳面に動く姿に
私の目は釘付けになりました。

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別の朝。湯気の立つ豆漿を前に、大きな揚げパンをかじるご婦人。
口の周りに、たくさんのパンくずがついていることを(本人も向かいに座る連れの男性も)
気に留めるでもなく、じっと五感を使って朝ごはんを全身で味わっている。
静かに集中して食べる姿を見るだけで、その一食を彼女たちがどれほど大切にしているか
伝わってくるようだった。

2人とも、私にはとても美しく見えたのです。

ところで私たち日本人はどうだろう。

彼らのように、粛々と「食べる」に向かいあえているだろうか?

グルメがーとか、栄養がーとか、カロリーが、糖質制限がーとか。
あるいは無農薬がとか、添加物がー、とか。
この頃はインスタ映えがー、っというのもあるね。

食べたものが身体を作る、とよく言うけれど、
その本当の意味を考えてみたいもの。
流行り言葉のように用いるのではなく。
語られることはそう、「食材」と「情報」にまつわることばかりになっていないか。
私たちは新しいもの良いものを次々と貪欲に欲しがる。そして常に「良し悪し」を語る。

そもそも「食事」って、一体最初はどうだったのかな・・・。
私たちの食は今「食材と情報の集合体」になってしまっているかもしれない。

台湾で見た、食卓を囲む人たち。
無心に食べる人々の日常の景色。

私は、ちゃんと食べ物と向かいあえているのかな・・・。
食べ物に、作ってくれた人に、育ててくれた自然に、ちゃんと思いを馳せて。

帰国して2ヶ月。
最近ずっとそんなことを思っています。

そしてそんな私が、先日知った台湾のことわざ。

呷飯皇帝大(食べることの地位は皇帝のように高い)

うーん。なるほど。
かの地で食べる人たちが放っていた気配。
虚飾ではなく、どこか気高さに満ちた佇まい。
理由はもしかしてこれなのかしら。

いつだって旅は、色んなことを私に教えてくれる。


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アーユルヴェーダ案内人くれはる

by kureharu | 2017-12-13 22:00 | たびのおと | Comments(0)

もっとすこやかに、さらにごきげんに!


by くれはる
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