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【007】私がアーユルヴェーダを始めたワケ(最終編) 《医師でもセラピストでもなく、案内人です》

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「病院に行くほどでもない不調」


これは、良く言ういわゆる「未病」に対するたとえですが、
そのたとえに、わたしはいつもちょっとした違和感を感じていました。

急に息が苦しくなって横になることもできず、朝までベランダで過ごした夜。
2007年当時のわたしの症状(ぜんそく?過呼吸?)は、
結論から言うと、現代医学の世界、そして漢方でも、残念ながら解決には至りませんでした。
西洋医学の世界だと、「病気」以外は「健康」です。

そこにあるのは「当時は病院に行っても、わたしの課題は解決できなかった」という事実。
では、「病院に行っても解決できなかった」ものは
「病院に行くほどでもないもの」「行くほどの価値、重篤さはないもの」なのか?

そこは未だに疑問です。

アーユルヴェーダでは「苦しみのあるものは全て病である」といいます。

(現代医学の世界で)病名のつかなかったわたしです。
「それ、病院に行くほどでなないレベル」と言われるかもしれません。
では、そこに苦しみはなかったのか?

朝まで、思うように呼吸ができない夜。
じぶんの居場所がベランダにしかない、救いのない不安。
そこから日々ずっと続く、胸元のつまり感。呼吸への圧迫。
またいつかあんな夜が急にくるかもしれないという、終わりのない畏れ。

苦しみはありました。

そしてそれは、当時通った病院では解決できなかった。
その事実に、良い悪いはなく、です。

でも最大の問題はそこじゃない。
わかっていなかったのは、まず自分。
自分と向き合わずに過ごした、長い時間。
そう、わたしをいちばんわかっていなかったのは、わたし自身だったということ。
医療や職場の問題ではありませんでした。

自分のカラダと自分。
自分のココロと自分。
仕事や組織と自分。
おそらくどれも、うまく関われていなかったのです。
だれのせいでもありません。

当時のわたしが、アーユルヴェーダを知っていて、
自分をしっかりケアしてれば、あのような「ベランダナイト」は
もしかしたら、経験せずに済んだのかもしれない。

でも、あの夜を経験したからこそ、気づくことがあった。
こうしてアーユルヴェーダにも出逢えた。
あの夜から8年。だいぶ長くかかりましたけれども。



問題の総量の減らし方を考える。


アーユルヴェーダを始めてから、じぶんの変化はいくつもありますが
カラダの悩みが、ぜんぶ消え去ったわけではありません。
体質起因のものには、一生付き合っていかななくてはならないものもある。
ただ、自分の変化を敏感にキャッチできるようになった。
やっていいこと、避けるべきことがわかるようになりました。

  • いまの自分はこんな状態・・・(観察・気づき)
  • このままだと、次にはこうなるだろう・・・(予測)
  • じゃ、こうならないうちに、こうしよう・・・(対策)

じぶんを観察する力、予測する力、そして対策する知恵がついたら、
結果「問題の総量」は以前より減りました。
外側に、すべての原因と解決を委ねていた時代とは、なにかが違ってきました。

でもすべては毎日のこと。しばらく怠けると確実に自分に戻ってくる。
ずっと意識を持つことはとても必要なこと。

アーユルヴェーダを学び、その対策法をすこしづつ実践する。
(ゴリゴリにやって煮詰まり、続かないのでは全く意味がないので)

白湯を飲み、食事を選び、食べ方を考える。
野菜中心を心がけてはいますが、菜食主義ではありません。
友人たちとの外食も楽しみます。

ごま油のケアを取り入れる。

やり始めたら、ヨーガも楽しくなった。坐禅や瞑想も時々。
とくにココロにいいです。
気づくと約1年の間に、体重が8キロほど落ちていました。
特にダイエットをしようとしたわけではありませんでした。

ご縁ができて学びを始めた、アーユルヴェーダの食・南インドカレーを通じて
食のもつ大きな可能性/そのちからも実感し始めました。

「問題の総量」を減らすために、必要なステップがある。
「問題」をぼんやりとした「問題」のままにせず、具体的な「課題」にまで細分化していく。

細分化した「課題」を「観察→予測→対策」のフローに乗せる。
そして、解決までそれを地道に繰り返す。

これはカラダのことに限らないかもしれません。
しかし、問題解決とはそこが始まりのような気がします。



いまの願い。「アーユルヴェーダ案内人」として。


2014年秋、わたしが選んだ道は、医師でもセラピスト(施術家)でもなく、
「アーユルヴェーダ案内人」でした。

毎日を忙しく働く人が、その普通のくらしの中に取り入れられる、
「アーユルヴェーダのアイディア」をお伝えしたい。

「じぶんでできる、じぶんメンテナンス」の方法を実践とともにお伝えする。
そんな活動をしていこうと思いました。
自分のココロとカラダに迷い続けた時間が、わたし自身にたくさんありました。
そこでの課題は、これからも取り組み続けなくてはならないものでもあります。

じぶんでじぶんを良くしたいという思い。
じぶんの意識がじぶんを動かすということ。
そこがわたしの思う「じぶんでできる、じぶんメンテナンス」の始まりです。

わたしは今も日本でアーユルヴェーダを学んでいます。

インドに行って、アーユルヴェーダを極めるのもきっとすばらしいこと。
でも日本にいる人にも、今の毎日の生活に取り入れられる、
素晴らしいアイディアが、アーユルヴェーダには十分あるのです。

それくらいアーユルヴェーダは大きくて、懐が深い。
だからこそもっともっと、たくさんの人の身近なものになってほしい。

案内人として、それを「はじめての人」に親しんでいただけるよう
日本で暮らす人の「一般的な感覚」を大切にしながら、平たい言葉で、
お伝えできたらと思っています。

夜のベランダで泣いてた、あの日のわたしのような誰か。
もしどこかに同じような人がいるのだとしたら。
病院に行っても解決できない、光の見えない時間があるなら。
じぶんでじぶんを幸せに、生きていくために。
アーユルヴェーダの「じぶんでできるじぶんメンテナンス」を。

たった一人でも、ささやかであっても、お伝えできるじぶんになりたい。

それがわたしの目指す先であり、願いです。

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「アーユルヴェーダの目的は、健康な人の健康を護り、病人の病気を鎮静することである」
チャラカサンヒター 総論30章より
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わたしたちは皆、「死ぬまでを生きて」いきます。
そう、それはもうどうしようもないほど「じぶん自身」で。

あなたはどうやって生きて、そしてどうやって、死んでいきますか?


*バックナンバー*




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by kureharu | 2015-10-12 13:48 | はじめまして | Comments(0)

もっとすこやかに、さらにごきげんに!


by くれはる
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