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足りない数は数えない

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うんと若かった頃のはなし。
頼るヒトのいない東京で自分の力で暮らし始め、やりたいことをやっていながら
私は自分にぜんぜん自信がなかった。
都会でナニモノにもなれない「ただの自分」への苛立ち。
不安だったし、心細かったし、その分、好きな相手や周囲に、
どこかでお見苦しいほどの過剰な期待をして
「そのまんまでいい」って、言われたくてしようがなかった。

で、あるとき思った。

自信のない自分が、本当の自信を手に入れるには「一生懸命やること」
「チカラをつけること」「仕事のスキルをあげること」が必要だ、と。
誰かに認められたかった。それはもう猛烈に。

で、ひたすらそうしてきた。「チカラをつけること」「認められること」
ひたすらひたすらそうして生きて
今思うと、それはそれで、正しかったと思う。
半分は正しかった。
でも、いま実感としてわかる。
正しかったのは半分だけ。

本当の満足と自信を手に入れるには
「努力と承認願望」それだけじゃ、ダメなんだってことだ。

ふと、大好きな年下の友人達の顔が浮かぶ。
こんなことを書くと、がんばりやの彼ら彼女らを
私はがっかりさせるんじゃないか?と、ちょっと胸が痛む。

でもやっぱり、書いてしまおう。
通過してしまった自分には、もう戻るべきでない道もあることは確かだから。

「チカラをつけること」「ヒトに認められること」
その物差しにすべてを預けると、結局「満足」のゴールには
たどり着けない。
一時たどり着いても、それは砂漠の逃げ水のように消えてしまう。
また頑張る。そしてまた消える。
評価してくれる誰かは、伴走してくれるときもあれば、そうでないときもある。

かくして「足りない数」ばかりを数えることになっていないか。
できなかった自分、足りなかった自分。

あるいは、こんなに自分は頑張っているのに周囲はなぜ…?
といった外への懐疑心。

それを謙虚というのか、向上心というのか、
あるいはただのビビリというのか。
そのことは、まあここでは置いておく。

頑張ってもムダ、って話をしているわけでは全くないのです。
しかし、「自分にチカラをつけること」だけでは
「自信メータ」は半分しか上がらないんだからしようがない。

「自信を持つ」ってなんだろう。
それには多分、「努力主義」のほか別のスキルが、
「胆力」が必要なんだと思う。

胆力。なんだろう。
どんな時のどんな自分も請け負う「覚悟」といったようなものかしらね。

胆力を養いたいと思う。
そのために、いい悪いを、ファストにカンタンにジャッジしない。お手軽な反省に逃げない。


足りない数は数えない。



Commented by Yoko at 2014-09-15 02:17 x
ふかいわ~~~~kureharuさん。

胆力ってどうやって養うんでしょうかね?そうだよなぁ、必死に「努力」することとは違うかもしれない・・だけど努力する=いろんな事につまづく=這い上がるたくましさが身についてく・・・

どう思ういます、kureharuさん??

もうkureharuさん、十分あると思うんやけどなぁ・・・・

Un bacio!
Commented by kureharu at 2014-09-15 17:52
Yokoさん

努力する=いろんな事につまづく=這い上がるたくましさが身についてく・・

それはうん、とても大切なことですね!特に若い時代はそれを
身につけていくことが最優先になるかもですね!

胆力は、その「たくましさ」のもう一つ先を生きることかも。
うまくいってもいかなくても、振り回されないココロを保つための力。かなー?

Ti voglio bene!
by kureharu | 2014-09-10 02:03 | ココロとカラダ | Comments(2)

もっとすこやかに、さらにごきげんに!


by くれはる
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